LOIやMOUに法的拘束力があるか
【コラム】
日本語の「覚書」。英語ではLOI(Letter of Intent)とかMOU(Memorandum of Understanding)と訳されることがあります。
そこに法的拘束力があるのか?がしばしば問われます。
私の回答は,「ある」ないしは「内容次第」。
法的拘束力があるかないかは,端的には,「その条文に違反したときに,損害賠償できるか」と考えればよいです。
LOIであろうがMOUであろうが,当事者が署名していれば,それは当事者の意思を反映したものなので,普通に考えれば「契約」として成立しています。
(コモン・ロー上のconsideration 約因=対価関係があるかないかは別論として)
だから,どちらかというと法的拘束力は「ある」と考えたほうがいいです。
ただ,では常に条項違反で損害賠償できるかと考えると,多くの条項が,損害賠償になじまない内容だったりします。
たとえば,「2021年4月を目処に,本製品の製造を開始する」みたいな条項だったら,「目処」というぼやっとした書き方なので,法的拘束力は「ない」と解釈されやすいです。
その5月に製造できていなかったときに損害賠償できるか?って考えると…,普通はできないですから。
ですから,LOIやMOUに法的拘束力があるか,という問いの模範解答は,結局,「内容次第」ということになります。
以上が私の「LOIやMOUに法的拘束力があるか」という問いに対する回答です。
なお,翻訳に関して付言しますと,LOIやMOUには法的拘束力が「ない」という方向で考える人もいるため,「覚書」を英訳するときには,私はLOIやMOUとか訳さず,必ずAgreementという訳語をあてます。法的拘束力がないと誤解されても困りますから。
日本語の「覚書」は,(要するに両当事者間の合意ですから)LOIやMOUよりはAgreementに近いと思います。
コンプライアンス違反・不正の2類型
【コラム】
コンプライアンス違反や不正は以下の2類型に分類できます。それぞれの不正に応じて,対策も異なります。
このように整理すると,「~するな」という禁止命令を出すばかりがコンプライアンス指導ではありません。
「~しよう」という働きかけこそが,むしろ大事なコンプライアンス指導なのではないかと思います。
Withコロナのコンプライアンス
【コラム】
コロナの時代のコンプライアンスでは,以下の4つの変化を意識しましょう。
(1) 属人的な信頼関係→客観的な仕組み
属人的な,ウェットな信頼関係に依存するやり方ではなく,顔が見えなくてもちゃんと機能する「仕組み」を。
たとえば,テレワーク下の勤怠管理などをどうやってシステム化するかについて,多くの企業さんが頭を悩ませています。
(2) コンプライアンス→インテグリティ
与えられたルールを守るというコンプライアンス的な考え方よりも,(新しい事象,ルールのない事態に対して)各自が自律的に判断するというインテグリティ的な考え方が重要になってきました。
「恥」をかかなければいいのではなく,「罪」の概念を。倫理観・良心が強く問われる時代になりました。
(3) 第2線,第3線→第1線のディフェンスライン
管理部(法務部,第2線)や内部監査部(第3線)が事後的にチェックするのではなく,現場(事業部,第1線)が,水際で,不正を阻止することがより重要です。
テレワーク的に働くと,見えないところでの不正やズルが容易になります。そのすべてを第2線・第3線がチェックはできません。第1線の各人の倫理観(インテグリティ)をより強く機能させ,水際で不正を防止することがより重要です。
(4) 通常ライン→内部通報制度
コロナ&テレワークで,日常のコミュニケーションの絶対量はどうしても減ります。この場合,通常ラインでの不正発見はより難しくなります。
その代替手段として,内部通報制度の充実(具体的には,より利用しやすい内部通報制度の構築・改善)が期待されます。
ムシ型不正と(日本的)カビ型不正 -コンプラとはすなわち社風・企業文化
【コラム】
1 「ムシ」型と「カビ」型
海外と比較して,日本の不正やコンプライアンス違反の特徴を大雑把に把握する説明として,「ムシ」型と「カビ」型という説明があります。
(1) ムシ型
例えば,海外で,性格の悪い人が,自分のために会社のお金を横領する事案があるとします。典型例は,「盗む」行為です。
これは,会社の利益と直接的・表面的に対立する自己の私利私欲のための不正です。これを,会社の中にけしからぬ異分子がいるという意味で「ムシ」型と呼びます。
多くは「作為」の形で行われます。主原因は,不正をした個人の倫理感や遵法精神の欠如といえます。日産のゴーン社長による,会社資産の横領という不正が具体例としてわかりやすいです。
(2) カビ型
一方,日本では,上記のような「会社利益と真っ向から対立する」形の「盗む」形態の不正というわけではなく,会社のしがらみや派閥への忖度から,「会社のため」(会社を守るべく隠蔽するため)の不正も多いです。これは,ある特定人のせいというよりは,組織の雰囲気・空気及び組織構成員の多くのメンタリティの問題です。
この因習的・忖度型の不正を「カビ」型と呼びます。多くは見て見ぬ振りをしたりする「不作為」の形で現れます。「盗む」形態というよりは「ごまかす」形態といえます。日本的な同調圧力が主原因です。
日産ゴーン社長の事例でいえば,ゴーン社長の周りの人が,「ゴーン体制に遠慮してモノがいえなかった」という不作為が,このカビ型不正の具体例といえます。
2 「カビ」型不正への対処
このようなカビ型不正には,どう対処したらいいのでしょうか。端的には,風土改革です。カビは,風通しをよくすることで予防できます。この「カビ型不正」に対しても,組織の風通しを良くすることが効果的です。
「忖度してモノが言えない風土」ではなく,気になったら(引っかかりやモヤモヤ,違和感を覚えたら)勇気を出してモノがいえる組織にすることが理想です。
では,そのためには具体的にはどうすればいいのでしょうか。
(1) SMALL TALK
まず,平時のコミュニケーションが取れないと,有事のコミュニケーションも取れません。平常時からいい関係を築いていないと,そのギスギスした相手方とのコミュニケーションは,有事にはなおさら機能しないからです。
ですから,日頃から,カジュアルな会話(small talk,「おはよう」「今日は天気がいいね」「今日は顔色悪くない?」「髪切ってさっぱりしたね」「週末はどうでした?」など)を重ねる工夫をしましょう。
オアシス(おはよう,ありがとう,失礼します,すみません)がない企業にはコンプライアンスは根付きません。イザというときに「逃げ」(責任転嫁)のコミュニケーションになるからです(個人的には,メールによるコミュニケーションの多くが,「逃げ」「責任転嫁」「仕事の押し付け」「自分の免責」のためといえるのではないかと思っています)。まずはオアシスのような簡単な挨拶から始めましょう。
(2) 企業風土の醸成
その次には,モノがいえる企業文化の醸成です。一朝一夕にはできません。部下が上司にモノを言っても,怒鳴られない,左遷させられない,干されない,クビにならない,という心理的安定性も重要です(グーグルがプロジェクト・アリストテレスで分析したとおり)。
組織である以上,上意下達や縦割り・年功序列はやむを得ない部分があり,これらにはそれなりの利点はあります。しかし,人間は必ずミスをします。上司も例外ではありません。上司のミスにモノが言えないのでは組織は完全に機能しません。日産ゴーン事件でも,「ゴーンにモノが言えない風土」が大事件をもたらしたと第三者委員会等が分析しています。
すべての上司は,部下が自分にどれだけ自由かつハードルが低く「モノが言える」か,どうやってその環境を作るか,に腐心しないといけません。
こう考えると,コンプライアンスとはすなわち企業風土,企業文化,社風,その会社のDNAそのものだ,ということになります。
コンプライアンスやインテグリティ研修におけるワークショップの手法
【コラム】
1 e-learningの限界
多くの大手企業では,e-learningを導入しています。しかし,これは管理部がちゃんと仕事をしましたという「管理部のアリバイ作り」に終わることが多く,実際にe-learningでコンプライアンスの効果が上がっていない場合があります。オンラインで教育素材を眺めるだけでは,「仏作って魂入れず」という状態になりかねません。
そこで,多くの企業では,コロナ禍ではありますが,e-learningだけではなく,面着(Face to face)の研修やワークショップを復活させています。
2 研修よりもワークショップ
コンプライアンス研修は,お堅い内容なので,どうしても,眠く,つまらなくなりがちです。座学で講師からの情報の一方通行では,教育効果にも限界があります。
人間の集中力は1時間程度が限界ですが,それを超えてダラダラとつまらないコンプライアンスのお話を聞かされても,受講者は心ここにあらず,スマホで別のことを検索してしまうのが関の山です。
そこで,研修のみならず,ワークショップを組み合わせることをご検討ください。ワークショップでは,5人以下のグループを作り,短時間(10~20分)で,テーマごとに,受講生同士が意見を交換します。
これにより,単に話を聞くだけの受動的な姿勢から,自分で対策を考える能動的な姿勢を身につけることができるので,研修の効果が上がることが期待できます。
3 ワークショップのコツ
テーマによりますが,ワークショップをする場合のコツとして,以下が挙げられます。
(1) グループ内メンバーの自己紹介の時間などを,細かく,数分単位で,指定する
…ダラダラとならないように,司会者(ファシリテーター,モデレーター)がタイムキーパーをしてください。
(2) ホワイトボード(ないし意見を共有できる大きな紙)を使う
…アウトプットをする形式を指定するといいです。しかも,ホワイトボードの使い方(右側にこう書いて,などのレイアウト)まで指定するとなお効果的です。
(3) テーマを設定しにくいものについては,助け舟を出す
…例えば,「先日の同じテーマのワークショップでは,他社では,こんな話題が出ていましたよ」など。特に,ワークショップの対象テーマが広すぎて,ワークショップの意図と離れることを防止する必要がある場合に効果的です。
(4) 全体のシェアは,できればファシリテーターがリーダーシップを持って行う。
…受講者各人に話してもらうと,どうしても話が長くなり,時間がなくなることが多いので。
以上,ご参考になれば幸いです。
コンプライアンスのコミュニケーションはWhat ではなくWhoとHow
【コラム】
1 What とWho とHow
コンプライアンスにおいて,何(What)をすればいいのか,を考える時代は終わりました。
例えば,米国FCPA(海外公務員腐敗防止法)や,カルテルの対策において,何をしなければいけないのかについては,だいぶ情報が蓄積されてきています。インターネットにも情報が溢れています。
今は,その情報を,「だれ(Who)が」「どうやって(How)」現場に伝達するかが問われています。
例えば,日頃,海外法人とコミュニケーションを取っていない法務部が,いきなり小難しい法律のことを海外現法社長にメールで伝えても,海外現法社長からしたら「なんだ,本社の間接部門の若造から偉そうなメールが来たな」として,スルーされるのが関の山です。コミュニケーションの観点から,「だれが,どうやって」伝えるかは慎重に検討すべきです。
2 Who だれが伝えるべきか
端的には,法務・コンプライアンス部門の所管事項(法務やコンプライアンスネタ)を海外の現場に伝えるのには,以下2つがあります。
(1) 事業部(日頃から売上等の管理のために海外現法と連絡をしている部署)
(2) 管理部(法務部・総務部・コンプライアンス部など)
この(1)(2)はいずれも一長一短で,どちらが他方より絶対的に優れているということはありません。ですから,(1)(2)いずれかが正解であるとは一概には言えません。
具体的には,(1)事業部による連絡の場合,事業部自身が,その法務・コンプライアンス情報を,正確に理解できていない可能性があります。法務部あたりから来た(つまり,「ヨコから」来た)小難しい情報について,「自分の仕事」だという使命感と責任感をもって現場に伝えることの難しさがあります。
一方,(2)管理部による連絡の場合,上述のように,「日頃から頻繁にコミュニケーションを取っているわけではない」ので,意思疎通の難しさがあります。海外現法社長は,往々にして,「数字(売上・利益)と戦ってきた」プライドの高い人が多いです。
一方,情報の送り手の管理部は,数字と戦っていません。ですから,海外現法社長から見たら,「数字と戦っていないくせに」というやっかみというか「上から目線」で捉えがちです。
このように,海外現法に情報を伝えるのにも,完全な正解はないため,その状況ごとに連絡ルートまでを慎重に検討する必要があります。
3 How どうやって伝えるべきか
これは,どのようなコミュニケーションツールで伝えるか,という問題です。端的には,
(1) 面着(Face to face)
(2) ビデオ会議
(3) 電話
(4) メール等のテキストだけ
などの手段があります。これらを組み合わせることがあるにしても,それぞれのメリットとデメリットを把握する必要があります。
例えば,法務部・管理部の部員が,現法社長に実際に会って説明する(上記(1))のが,最も効果的であるといえます。しかし,それをするためには,現法社長が日本本社に来るか,法務部員(管理部門)が海外現法に足を運ばねばならず(今はコロナ禍でこれらの海外移動もままならないでしょう),コストがかかります。
コンプライアンスに関わる複雑な事項を,(3)の電話とか(4)のメールだけで適切に伝えきれるか,本当に理解してもらえるか,という不安もあります。実際,e-learningを導入したものの,やはり知識の定着率が低いので,face to faceの研修と教育に切り替える企業も増えてきています。
時代によるコンプライアンス概念の変遷
【コラム】
1 時代による価値観の違い
かつて,20年30年前は,飲酒運転はあまり咎められることはありませんでした。違法ではありましたが,多くの人が悪いと思いながらやっていました。私も何度も飲酒運転をしたことがありました。
しかし,悲惨な事故の発生を契機に,法律も厳罰化され,今では,飲酒運転はとんでもない非常識なコンプライアンス違反として認識されています。
セクハラでも,昔は(本当かどうか知りませんが),社長が女性社員のお尻を触ることが許容?されていた時代がありました。今は一発でセクハラで退場です。
2 コンプライアンス概念の変遷の理由は,「資本主義の発展」
このように,コンプライアンスの価値観も変わってきています。なぜでしょうか。これは,社会の発展ということもできますが,一つの要因として,「資本主義の発展」が挙げられます。
資本主義社会では,株主が会社に投資します。ではどんな会社に投資するのか。今ではESGとかSDGsなど,会社環境を整える会社に投資します。このように,「株主の目」が厳しくなってきたのです。コンプライアンスがない会社には,投資してもらえません。
ですから,会社として存続するためにも(特に株主の目が厳しい上場会社は),コンプライアンスを厳格に運用する必要があります。
3 全員が風紀委員!
この「コンプライアンスが厳しくなった時代の流れ」を,風紀委員で例えることができます。昔の牧歌的な時代は,風紀委員だけが風紀を司っていました。クラスの真面目な人だけが風紀の維持を叫んでいました。会社で言えば,法務部・総務部・コンプライアンス部だけが,コンプライアンスを扱っていました。
今は違います。全員が風紀委員とならなければいけません。法務部等の管理部・間接部門だけではなく,現場の事業部を含めた全員が,コンプライアンスをきっちり守る必要があります。
このように,令和の現在は,「社員全員が風紀委員となる」ことが要求される時代になったといえます。
Four Eyes Principle
【コラム】
1 Four Eyes Principleとは?
コンプライアンスにおいてとても重要な,Four eyes principleを説明します。
「不正のトライアングル」の一角は,「不正の機会」です。会社のお金を一人で管理して,いつでも横領できるような立場にある場合,「不正の機会」が与えられてしまっています。そこで,このような「不正の機会」を断つことが必要です。
では,不正の機会を断つための工夫として何が必要でしょうか。ズバリ,Four eyes principle(四つ目の原則)です。
四つ目,と聞いてびっくりするかもしれませんが,要するに,人間の目は2つなので,複数人でチェックしましょう,ということです。
2 Four eyesの作り方 ータテ,ヨコ,時間
例えば,営業をする人,見積もりを出す人,請求書を送る人,売上を回収する人,その売上をシステムに入力する人,売上を帳簿に記入する人,それを事後的に監査する人…が仮にたった一人であれば,その人には売上を粉飾する十分な「機会」があります。これが不正の温床です。
そこで,これらを「四ツ目」すなわち複数人でチェックすることが必要です。
ではどうやって複数人で管理すべきでしょうか。端的には,以下の3とおりがあります。
(1) タテ
タテの複数人を作ることです。部下の書類を上司がチェックする。上司の書面を部下がチェックする機会があればなおいいです。
(2) ヨコ
ヨコの複数人は,要するに権限分掌(職務分離)です。請求書を作る人,売上を回収する人,それをシステムに入れる人をそれぞれ分ける,などです。
たとえば,京セラでは,会社がまだ小さかった昔から,金庫の鍵を管理する人と,その金庫がある金庫室の部屋の鍵を管理する人を,別々にしていました。これにより,同一人が独自の判断で金庫に入れないようにするためです。
(3) 時間
スタッフが足りなくて,上記のようなタテやヨコのFour eyesを作れないときはどうしたらいいでしょうか。答えは,「時間」のFour eyesを作ることです。
たとえば,重要な文書は,一晩寝かせて,明日の自分がフレッシュな頭で再度チェックするなどです。
海外子会社管理では,海外に赴任している日本人を,盆暮れには日本にいったん休暇で返して,その間に(担当者が日本に帰っている間に),現地でその担当者のメールやアカウントなどをチェックしたり,ジョブローテーションを適当な感覚で回したりするのも,時間的な Four Eyesということもできます。
ヒヤリハット(ハインリッヒ)の法則
【コラム】
コンプライアンスの「三種の神器」の一つ。
1件の飛行機事故には,29件の軽微な事故があり,300件の「ヒヤリ・ハット」する事例があるというのが,ヒヤリハット(ハインリッヒ)の法則です。事故防止には,「ヒヤリ」「ハット」する事例の解消をすることが大事です。
この法則を,コンプライアンスの文脈では,「1つの不正には,300件の違和感がある」と応用してください。つまり,違和感の解消を,不正防止の目的達成のための手段としてください。
日頃からSmall talkで闊達なコミュニケーションが取れていないと,いざ不正が起こった場合に,「アイツに言うのは面倒くさいから報告しなくていいや」「彼奴とのコミュニケーションはストレスフルだから,会って話すのではなく,メールで簡単にごまかしておこう」などの「逃げ」のコミュニケーションが発生してしまいます。
平時のコミュニケーションがとれないと,有事のコミュニケーションも取れません。
ですから,日頃から,平時から,違和感のないコミュニケーションを取れる状態にしておくこと(もし取れない場合は,取れるような「仕組み」を作ること)が重要です。
コンプライアンスの意味
【コラム】
1 コンプライアンスの意味
今では,コンプライアンスには,単なる「法令遵守」や「社内規程の遵守」にとどまらず,「社会からの要請に適切に応える」という意味まで含まれるようになっています。
何か不祥事を起こした場合,その会社の社長が「ウチは法律は守っています」と開き直れば,マスコミTwitterその他から,「法律を守っていれば何をしていればいいのか!」と叩かれる時代です。
単に法律を守るだけではなく,「社会から何が要請されているか」「世間からどう見られるか」を慎重に見極める必要があります。
2 コンプライアンスの定義の拡大
このように,昨今ではコンプライアンスは「社会の要請に対する適切な対応」のような意味に拡大解釈されています。それをさらに進めて「日常業務に潜むリスクを感知して対応するリスク管理力」とまで拡大解釈する考えもあります。
コンプライアンスの「感性」を育てるためには,このように拡大する方がいいかもしれません。
ただ,ここまで拡大解釈すると,コンプライアンスとは別に管理している「リスク・マネジメント」との区別ができなくなってきます。ですから,コンプライアンスの意義を拡大しすぎることにも一長一短があります。
3 「コンプライアンス・リスク」という言葉の落とし穴
今の時代,コンプライアンスは,オール・オア・ナッシング,つまり,「やっているか/やっていないか」です。それくらい,コンプライアンスに対する要請は高まっています。
より端的には,きちんとしたコンプライアンスをしていなければ,それだけで「ブラック企業」の謗りを免れられません。特に大手企業は世間の風当たりを意識してください。
その意味では,「コンプライアンス・リスク」という言葉は使ってはいけないと思います。「不正リスク」という概念はあるとしても,「コンプライアンス・リスク」という言葉はそもそも使ってはいけないのです。
「不正リスク」を乗り越えるハードルより,「ブラック企業」の謗りを免れるハードルの方が高いのです。それくらい,コンプライアンス体制の整備が急務であるとご理解ください。
3つのディフェンスライン
【コラム】
■ 3つのディフェンスライン
1 3つのディフェンスライン(管理)
会社一般や子会社の「管理」と簡単に言いますが,「管理」の定義はありません。効果的かつ実行的な「管理」をするためには,「3つのディフェンスライン」を意識して,コンプライアンスの観点から会社の「管理」を考えましょう。
第一線のディフェンスラインは,現場。事業部。毎日のオペレーションで行われる「第一の管理」です。
第二線は,管理部。間接部門。法務部や総務部によるチェックです。これは継続的に行われる「第二の管理」といえます。
第三線は,管理部のチェックをさらにチェックする内部監査部門。事後的に,定期的に行われる「第三の管理」といえるでしょう。
こうやって分析的に考えることで,自社のどの部門(第何線)が弱いのか,どこをどう強化したらいいのかを具体的に検討することができます。
2 有機的な連携が必要
これら3つのディフェンスライン(3つの管理)は,それぞれが独立していては効果的ではありません。それぞれの管理が有機的に機能することが望ましいです。
例えば,第三の管理(内部監査部門の事後的な定期的管理)で,なにかミスが見つかった場合,それを事前に第一の現場の管理や第二の法務部の管理であらかじめ摘んでおく(未然にミス発生を防止しておく)ことができないかを,内部監査部門が現場(事業部,第一線)や法務部(第二線)に伝えることです。
また,第一線の現場スタッフが,日々の管理の中で,「自分だけではなく,他の人も陥りやすいミスや不正の温床」を発見した場合,それを第二線の管理部門に伝え,管理部門は,法務部の管理における標準的チェック対象としてそれを広く管理対象とすることです。
このような「有機的」な他部署との連携が望ましいです。これは,縦割りのセクショナリズムを飛び越えた「横串」の動きなので,会社員にはなかなかインセンティブが働きません。それをしたところで自らの評価向上に直結するわけではないからです。むしろ,「余計なことを言いやがって」と他部署から煙たがられる可能性が高いでしょう。
ですから,このような「横串」の「有機的」な他部署との連携は,社長や役員レベルで,評価対象とすることを正式に決定し,そのような有機的な連携行為を,社員の評価対象とすることが望ましいです。
ガバナンスとは 内部統制やコンプライアンスとの違い
【コラム】
1 ガバナンスの意義
そもそもガバナンスとは何でしょうか。直訳すると「統治(管理)すること」です。法務の文脈では,「社長(権力者)を縛ること」とお考えください。
社長が会社を統制するのは「内部統制」であって,「ガバナンス」ではありません。ガバナンスは「社長を縛ること」であり,「社長が社内を締め付けること」ではありません。
ガバナンスは,本質的に,「社長が悪いことをしないことへの牽制」ですから,「社長には耳の痛いこと」です。
2 ガバナンスは性悪説
ガバナンスは性悪説に立っています。社長が悪いことをする可能性があることを前提にしています。社長を全面的には信頼できない,という性悪説です。どんなに立派な社長でも,長くその権力者の地位にいると,腐敗・堕落する危険があります。絶対的な権力は絶対的に腐敗します。
日産のゴーン社長があのような不祥事を引き起こすとはだれも予測できませんでした。日産にはガバナンスが効いていなかったということができます。
社長が悪いことをしないようにする。社長が暴走しないようにする。仮に社長が悪人になっても,会社はきちんと存続できるようにする。その「仕組み」を作る。予防線を張っておく。属人的な社長の人格・信頼性に依存しない。これがガバナンスです。
3 憲法との類似 ―コロンブスモデル
このガバナンスの意義は,「法律と憲法の違い」にとても似ています。法律は,政治家が制定するもの(悪く言えば,国民を縛るために作るもの)。一方,憲法は,政治家(特に政府)を縛るもの。法律と憲法は,政治家が縛るのか,縛られるのか,という点で,全く反対の意味を持っています。逆方向の作用をします。
これは,ガバナンスと内部統制の違いにとても似ています。ガバナンスは,社長を縛るもの。社長が(社員を)縛るための作用は,ガバナンスではなく,「内部統制」です。
そして,このガバナンスと内部統制を合わせて,コンプライアンスと呼ぶ,と理解すればいいでしょう。「社長が社員を縛るのがガバナンスやコンプライアンスである」という理解をしている方が多いと思いますが,それでは本来のガバナンスは機能しません。
このガバナンスの理解を,「コロンブスモデル」で説明することもできます。コロンブスは,スペイン国王から支援されて,新大陸(インド)発見の旅に出ました。その目的達成のために,船内では,船員を統制する必要があります。会社が,株主からの委託を受けて,社員を統制するのは,このコロンブスが果たした役割と類似するといえます。
4 ガバナンスないところにコンプライアンスはない
より踏み込んで,ガバナンスがどれだけ重要かを指摘します。コンプライアンスよりも,内部統制よりも,ガバナンスが重要といえます。魚は頭から腐る。会社においては,社長の姿勢がとても大事で,社長が堕落していると,当然,社員はもっと堕落します。社長の姿勢を縛るのがガバナンスです。ですから,「ガバナンスないところにコンプライアンスがない」とさえいえます。
具体的には,どんなに社員が頑張ってコンプライアンスを導入しようとしても,「担当役員と社長がツーカー(同じ派閥)で,担当役員から上に話が通じない」という派閥の論理にコンプライアンスが阻まれるような事例が多いです。これは,コンプライアンスの次元の話ではなくて,ガバナンスの次元の話です。会社組織の構造(具体的には,定款の定め)から変える必要があります。委員会設置会社にするとか,社外役員を積極的に導入するか,などです。
属人的なしがらみやウェットな人間関係に依存しない(コンプライアンスが阻まれない)ようにする,それがガバナンスといえます。
海外拠点・子会社の撤退における「落とし穴」 ー税務リスク(続)
【コラム】
海外に会社を設立する場合,役員(取締役)にどんな資格が要求されるか? 現地人ではないとだめなのか? その国に住んでいないとだめなのか? は気になるところです。
実は,ほとんどの国で,取締役の資格については規制がありません。要件がありません。
つまり,「日本にいる日本人」が取締役になれることがほとんどです。
例外を挙げると:
■ インド
インドでは取締役のうち1名がインドに居住することが必要です。
■ シンガポール
シンガポールでは,取締役及び会社秘書役のうち,最低1名ずつがシンガポールに居住することが必要です。
■ ベトナム
ベトナムでは,代表取締役1名がベトナムに居住することが必要です。
■ フィリピン
2019年法改正で,取締役の過半数がフィリピン居住である必要はなくなりました。
また,2019年の法改正で,株主が1名でフィリピン法人を設立できるようになりました。
ただし,法人が株主となる場合は,自然人の取締役は最低1株を保有する必要があります(つまり,この場合は最低株主数が2名となります。)。
■ ブラジル
(資格要件ではありませんが)ブラジルでは,ブラジルに居住していない取締役(非居住取締役)は,代理人を選任する義務があります。
海外拠点・子会社の撤退における「落とし穴」 ー税務リスク
【コラム】
海外進出しても,そもそも海外事業は様々な国際情勢に影響され,カントリー・リスクがあります。また,昨今のコロナ禍など,いろいろな事情で,赤字を垂れ流すわけにもいかず,海外拠点(子会社)の撤退を考えざるを得ないことがあります。
その場合の撤退方法としては,要するに,①解散か,②破産です。この①解散と②破産のどちらがいいのかな…と考えると,破産よりは解散の方がレピュテーションリスクも低そうで,よさそうですね。
しかしながら,どこの国でも,赤字では解散ができません。赤字(正確には債務超過)会社には,破産という選択肢しかないのです(休眠会社として形式的に存続させておく以外には)。
そこで,ほとんどの会社は,破産よりもイメージのいい解散をしたいために,親会社から子会社への貸付金(いわゆる親子ローン)の放棄を検討します。親会社が債権放棄をすることで,子会社が債務超過ではなくなり,解散という選択肢を取れるようにするためです。
これは,債務超過を避けて解散を選択するためには,いい方法といえます。ただ,税務的な落とし穴があります。
債権放棄(子会社から見ると債務免除)をしてしまうと,親会社は,損金不算入(寄付金に該当しなければ,貸倒損失として損金算入できない)となり,課税されてしまうというリスクが発生します。また,子会社にも,「受贈益」が発生するという課税リスクがあります。
詳細は税理士との確認が必要ですが,いずれにせよ,帳簿上の操作(債権放棄・債務免除)で簡単に(破産を避けて)解散を選択できるわけではない(税務リスクを検討する必要がある)ということだけは覚えておきましょう。
コモンロー(判例法)とシビルロー(大陸法)の違い
【コラム】
コモンローの国は,要するに旧英植民地です。世界で17か国くらいしかありません。
それ以外はみんな,日本のような大陸法(シビルロー)です。
コモンローでも,「まず法律で判断し,法律に書かれていないときに判例を見る」という判断の基準は,シビルローと変わりません。
民法典があるかないかという違いはあります。コモンローには民法典はなく,判例法で判断します。ただ,アメリカには統一民法典があったりするので,両者の違いはあまり意識しなくていいです。
※ ちなみに,民法典を作ったのは,あの,ナポレオン・ボナパルトです。
コモンローでは,「約因(対価関係=consideration)がないと契約は成立しない」という考えがあります。ですから,一方当事者のみが義務を負う「一筆を書かせる」形式の誓約書は,コモンローでは契約として成立しません。
具体的には,コモンロー諸国の社員が退社時に,ライバル会社に行かないように「競業避止義務を一筆書かせる」ことは,契約としては不成立です。
事前に,就業規則や雇用契約等で,退職時の競業避止義務についてしっかり定めておきましょう
中国子会社の会計不正対策
【コラム】
『月刊 監査役』(2020年7月号)に,「アジア諸国における会計監査と主要なコンプライアンスリスク」(新連載)として第一回は中国が取り上げられていました。
「会計不正」のチェックポイントとして,以下6つが挙げられていました。
こう並べると,特に「中国特有」というものはない,と理解できます。
1 達成困難な予算を割り当てていないか
一般的に,業績と不正の発生可能性は,反比例します。つまり,業績が悪化すると,無理に辻褄を合わせようとして,会計不正の発生可能性は高まります。
新型コロナウィルスが原因で業績不振となり,予算達成が不可能になると,会計不正のおそれは高まりますので,ご注意ください。
2 内部監査チームが有効に機能しているか
現地日本人を過信することは危険です。
できるかぎり,現地言語での対応ができる状態を確保するようにしましょう。
3 特定のキーパーソンに権限が集中していないか
長年にわたり現地法人に貢献した現地幹部への遠慮が不正の温床になります。
ガバナンスとは,「性悪説」で人を見ることです。
4 取引先の信用調査を定期的に実施しているか
中国政府が導入した社会信用格付制度の活用が提唱されています。
5 合弁先に過度に遠慮した状況が続いていないか
2020年1月1日より,外資三法が廃止され,外商投資法が施行されています。
これにより,2024年の年末までに,最高意思決定機関を董事会から出資者会に移し,株主の出資割合に応じた会社支配を確立することが求められます。
日本本社が過半数出資をしていても,中国側パートナーに遠慮した運用をしていた場合,合弁契約や定款の見直しが必要となります。
6 内部通報制度が有効に機能しているか
現地法人の従業員も対応できるような,多言語での内部通報制度の利用の道が開かれていることを再確認ください。
ブラジルに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 労働法
2017年11月に,労働法が企業側に有利に変更された。主な改正部分は以下のとおりである。
項目 | 改正前 | 改正後 |
---|---|---|
労働時間 | 原則8時間 労働協約があれば1日 最長12時間 |
個別契約により,最長12時間(その後36時間の休憩が必要) |
通勤時間 | 場合により,通勤時間も労働時間に | 通勤時間は労働時間に算入されない |
パートタイム | 最長で週あたり25時間まで(残業なし) | いずれかを選択できる: (1)週で最長30時間まで,残業なし (2)週で最長26時間まで,週6 時間までは残業を認める |
有給休暇 | 30日連続 | 3分割の取得が可能(ただし,1つは最低14日 間連続) |
労働契約の合意解約 | 一方的な意思表示のみの終了 | 労働契約の合意による解約あり |
労働組合等の関与 | 1年超勤務の労働者の労働契約の終了には,労働組合/労働省が関与 | 関与不要 |
労働紛争の裁判外の合意 | 裁判外の合意は無効 | 裁判所の承認で,裁判外の合意も有効 |
労働紛争の費用負担 | 証拠なく原告の主張で無料 | 一定の低賃金労働者のみ |
2 個人情報保護法
(1) 施行の延期
2020年8月に施行予定であった個人情報保護法は,新型コロナウィルスのため,2021年以降に施行が延期となった。
(2) 概要
ア 同法は,GDPRの影響を強く受け,個人情報のあらゆる処理(消去,処理制限,データ・ポータビリティ権を含む)を対象とする。これらがブラジル国内で行われる限り,ブラジル企業以外にも適用され得る。
イ また,データ管理者は,データ侵害が生じた場合,当局が定める合理的期間内に当局への通知を行う必要がある。
ウ 個人情報のブラジル国外への移転は,一定の場合に限定されている。
(3) 罰則
同法違反の罰則として,企業の年間売上高の2%または5,000万レアル(約13億8,000万円,1レアル=27.59円)のいずれか低い方という課徴金や,関連するデータベースの破棄などの罰則が規定されている。
インドに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 会社法 -グループ会社間のローン規制緩和
インドでは,同族会社間の汚職を防止するため,グループ会社間での金銭の貸付,保証又は担保の供与(以下「貸付等」という)が禁じられていた(会社法185条)。
2017年改正会社法により要件が緩和され,以下の2つの条件を満たせばグループ会社間での貸付ができることになった(2018年5月施行)。
① 貸付等が,会社の主な事業活動のためになされること
② 貸付等が,会社の株主総会で承認されること
2 労働法 -有期雇用制度
2018年3月,雇用改正規則(Industrial Employment (Standing Orders) Central (Amendment) Rules, 2018)の通知により,アパレル製造業のワークマンについてのみ認められていた有期雇用制度が,全ての産業分野にわたって認められた。
また,有期雇用ワークマンの労働条件が無期雇用ワークマンのそれを下回ることがないような配慮も求められている。
3 汚職防止法
2018年改正汚職防止法(Prevention of Corruption [Amendment] Act, 2018)により,以下の3つが定められた。
(1) 「贈賄」行為規制
これまで明示的に処罰対象とされていなかった贈賄者も処罰対象となった。
(2) 企業責任
実際に贈賄行為を行った個人のみでなく,贈賄側企業も刑事責任を追及されることが明文化された。
(3) 役員の責任
贈賄企業の取締役,マネージャー,秘書役または執行役員が,贈賄行為につき同意またはは黙認していた場合,これらの者も処罰対象となることになった。
4 情報保護法
2020年現在,インドでもEUのGDPRの影響を受けて,個人情報保護法案(Personal Data Protection Bill)が提出されており,近日可決される見込みとされている。
シンガポールに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 会社法
2018年8月の新会社法施行で,主に以下の改正がなされた。
(1) 定時株主総会の開催時期
定時株主総会の開催時期が,事業年度の末日から,非上場会社は4か月以内,上場会社は6か月以内に変更された。
(2) 定時総会の要否(非公開会社)
また,非公開会社においては,事業年度末から5か月以内に全株主に財務書類を送ることで,定時株主総会が不要となる。もっとも,以下を除く。
ア 株主が,事業年度末から6か月後の日の14日前までに,定時株主総会の開催を求めた場合
イ 株主または監査人が財務書類を受領後14日以内に,定時株主総会の開催を求めた場合
(3) 会社の実質所有者の名簿保管義務
原則として,会社の実質所有者の名簿を作成して保管することが義務づけられた。
(4) コモンシールの使用義務撤廃
改正前は,株券や証書の作成の際にコモンシール(登録スタンプのようなもの)を使用しなければならなかった。改正後は,以下につき署名があれば,コモンシールの使用は不要となる。
ア 2名の取締役
イ 1名の取締役と会社秘書役
ウ 1名の取締役とその署名を証する証人
2 労働法
(1) 雇用法の適用拡大
2019年の雇用法改正により,非管理職・月給4,500シンガポールドル以下の専門・管理・幹部職種(PME,Professionals, Managers and Executives)のみならず,全従業員が雇用法の適用対象になった。月給4,500シンガポールドルを超えるPMEにも有給の傷病休暇等が認められる。
また,非工員・作業員(事務職)について,雇用法第4章に規定されている労働時間や休日など基本権の適用対象となる給与上限が,2,600シンガポールドル以下へと引き上げられた。
(2) 労働請求審判(Employment Claim Tribunal)
日本の労働審判と類似した制度として,給与に関する紛争を迅速かつ安価に解決する機関(ECT)が2017年4月に新設された。月額4,500シンガポールドルを超えるマネジメント層にも利用が可能になった。
2019年4月施行の改正雇用法では,未払給与のみならず,不当解雇についてもECTで一本化して扱えるようになる。
3 競争法
2018年3月,シンガポール競争法では以下の3点が改正された。
(1) 確約手続の適用拡大
企業結合規制との関係ですでに存在していた確約手続(Commitments。競争法違反の捜査対象となった事業者が,是正措置等を競争委員会 (Competition and Consumer Commission of Singapore,CCCS。2018年4月に名称変更)に対して確約することにより,競争法違反決定前に合意により事件処理を行う方法)が,改正により,競争制限的協定規制及び支配的地位の濫用規制との関係でも,利用できるようになった。
(2) 企業結合に関する事前相談制度の法制化
シンガポール競争法では,日本の独占禁止法のように,企業結合について事前の届出は義務づけられておらず,事業者はガイドライン(CCCS Guidelines on Merger Procedures 2012)に基づき,CCCSと秘密裏に事前に相談することが実務上行われてきた。改正により,この実務上の扱いが法制化された。
(3) CCCS立入検査時の質問権の明確化
改正法により,CCCSの調査で,立入検査先の占有者に対し,調査に関する事実や状況につき口頭で質問ができる規定が追加された。
4 環境法 -炭素税の導入
2019年から炭素税が導入され,温室効果ガス排出量に応じて課税される。
アジアの主要各国の現地法人の機関構成の特徴
【コラム】
アジアの主要各国の現地法人の機関構成の特徴は,以下のとおりです。
◆ 最低株主数
(1) 3人:タイ
(2) 2人:インド,中国,インドネシア
それ以外は1人です。
◆ 株主総会特別決議要件
(1) 4分の3:
インド,シンガポール,マレーシア,ミャンマー,ベトナム,タイ,インドネシア(特殊決議)
(2) 3分の2:
中国,フィリピン,カンボジア,ラオス,インドネシア
…こうして整理すると,旧英植民地は4分の3であることが分かります。
◆ インドネシアの株主総会
(1) 4分の3=特殊決議:合併,破産・解散など
(2) 3分の2=特別決議:定款変更,増減資など
◆ 取締役の最低人数
(1) 3名:中国(董事)
(2) 2名:インド,ミャンマー
その他は1名です。
◆ 取締役の要件
(1) 国籍要件:どの国もなし
→日本人も取締役になれる
(2) 居住要件(最低1人):シンガポール,インド,マレーシア,ミャンマー,ベトナム
…旧英植民地に居住要件があることが分かります。
◆ 監査役/会計監査人
(1) 監査役:
中国,ベトナム,ラオス,カンボジア,インドネシア
(2) 会計監査人:
シンガポール,インド,マレーシア,ミャンマー,タイ,インドネシア
…旧英植民地は会計監査人であることが分かります。
なお,フィリピンのみ「財務役(Treasurer)」という呼称です(居住要件あり)。
カンボジアの監査役には公認会計士の資格が必要です。
◆ 秘書役
秘書役という役職が存在する国:
シンガポール,インド,マレーシア,フィリピン
2019年の腐敗防止認識指数
【コラム】
毎年1月頃に更新されるトランスペアレンシー・インターナショナルによる腐敗認識指数(CPI)の2019年版が発表されました。
有意と思われる変化は:
1 ベトナムの健闘
2 フィリピンの停滞
くらいでしょうか。タイは軍事政権になってから長らく低迷しています。
タイに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 会社法
配当決議を行った場合の配当金の支払期限が,決議日から1か月以内と定められた(民商法1201条)。
2 労働法
主に以下の労働者保護法の改正がある。
(1) 就業規則
10人以上を常時雇用する会社は,就業規則・台帳を作成する必要があるところ,メール等の手段により労働者に通知すれば足り,労働局への届出は不要になった(2017年改正)。
(2) 休暇の拡充
年間3日の用事休暇が認められ,出産休暇が90日から98日に延長された(2018年12月改正)。
(3) 解雇手当の拡充
解雇(離職)手当は,勤続1年に対して約1か月分である。
20年以上勤務の場合に400日分に増額された(2018年12月改正)。
雇用主企業が変更する場合に,労働者が雇用契約の解約を申し出る場合も,解雇手当の支払義務が発生する(2018年12月改正)。
3 競争法
(1) 法改正
2017年10月,取引競争法改正法が施行された。主な改正点は:
ア 制裁金
EUその他で採用されているグローバルスタンダードに則り,違反を行った年の事業者の国内収入の10%と設定された。
イ リニエンシーと同様の和解制度が制定された。
(2) 施行規則
2018年11月,取引競争法の下位規則が施行された。主な点は:
事業者間の競争を制限する共同行為の規制が明確化され,合計市場シェアが10%未満の事業者間の共同行為は規制対象外とされた。
4 贈賄
2018年7月,改正反汚職法が制定・施行された。主に規制対象が以下のとおりに広げられた。
(1) 日本法人も規制対象
個人やタイ法人のみならず,タイで事業を行う「外国法人」も贈賄規制対象に含まれた。
(2) 公務員の親族
公務員の親族等の収賄も禁じられた。
5 情報保護法
2019年5月,タイ個人情報保護法が施行された。
個人情報の国外移転には,海外での個人情報保護が「十分な水準」であることが要求されるなど,EUのGDPRと同様の規制がある。
フィリピンに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 会社法
2019年2月の会社法改正により,主に以下の点が改正された。
(1) 株主
株主1人での会社設立も認められる(改正前は発起人が5名必要)。
(2) 取締役
取締役は1名で足りる(改正前は,最低で3名の取締役がフィリピン居住者である必要)
(3) 財務役
財務役はフィリピンに居住することが要求されるようになった。
(4) 電話会議・テレビ会議<br>
定款で定めた場合または取締役会の多数決がある場合,テレビ・電話会議ができることが明文化された。
2 労働法
(1) 職場における年齢差別禁止法
職場における年齢差別禁止法の施行細則が2017年2月に施行された。使用者は,以下の行為をして年齢を理由に差別することが禁止される。
ア メディア(インターネットを含む)に年齢に基づく選好,制限,条件 または差別を含む広告等を掲載し,または掲載させること
イ 応募過程において年齢または生年月日を申告させること
ウ 年齢を理由とした不採用,報酬,任期その他の労働条件における差別,昇進や研修機会の付与の拒絶,早期退職の強要など
(2) 在宅勤務者保護法
2018年12月,ライフワークバランスを重視して,企業に在宅勤務プログラムの導入を促す在宅勤務者保護法が成立した。主な内容は以下のとおり。
ア 民間企業の雇用者と従業員が相互に合意した場合,従業員は情報通信技術(ICT)などを利用して職場以外で勤務することができ,職場で勤務するのと同等の労働条件や諸権利が保障される。
イ 企業が,テレワークの際の情報保護に責任を持たなければならない。
(3) 産休延長法
2019年2月,産休制度の拡充に関する法案(拡大産休法)が成立した。主な内容は以下のとおり。
ア 産休の最低日数を105日とする(現行法は60日)
イ シングルマザー等パートナーのいない労働者には,さらに15日
ウ 労働者が希望した場合,さらに30日の無給の産休を与える
エ 産休日数のうち7日間を子どもの父親に割り当てることができる
日本で偽装請負が禁じられるのと同様,フィリピン法上,請負事業者から単に労働者の派遣を受け,自らの指揮監督の下で労働させるといった,請負事業者が自ら業務を遂行していない形態の請負契約(=労働力のみ請負)を利用した事業者は,直接の使用者とみなされる。
それゆえ,「労働力のみ請負」業務を利用している場合,事業者としては請負業者側の人員を自らの従業員として扱わなければならない。近年この執行が強化されている。
「労働力のみ請負」に該当するか否かの基準は,以下のとおりである。
ア 請負事業者が十分な資力を有していない,もしくは労働者のための備品,機器,労働者の管理,業務の遂行場所などに対して投資を行っておらず,かつ,請負事業者の労働者が注文者たる事業者の主要な事業活動に直接関係する業務に従事する場合,または
イ 請負事業者が労働者の行う業務の遂行に関し指揮監督を行っていない場合
3 競争法
2015年の競争法・2016年同法規則により,以下が定められた。
(1) リニエンシー
カルテルを行った事業者が,違反行為を 競争委員会 に自主的に申告し,調査に協力する等の一定の要件を満たす場合,免責や制裁金や罰金の減額を受けられる。
(2) マーカー制度
正式な申請前に,30日間のみ申請順位を保全できる制度が定められた。
(3) 同意命令
事業者は,以下ア~エを条件として,競争法違反を認めずに,金銭等を競争委員会に支払うことに同意する措置(同意命令)を提案できる。
ア 制裁金または罰金の支払
イ 損害を被った私人に対する損害賠償
ウ 競争委員会が講ずる措置の実施等
4 贈賄
2018年5月の大統領令では,いわゆるフィクサー(何らかの利益を見返りに公的サービスの実行に影響力を行使する者)に対する罰則を強化した。
ベトナムに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 競争法
2018年6月,ベトナム競争法が全面的に改正され,2019年7月1日から新競争法が施行された。
(1) 規制概要
競争制限行為が改正された。具体的には,以下ア~ウの3点が主な改正点である。
ア 市場占有率30%という制限の撤廃
イ 以下表の分類1~3のハードコア・カルテルにおける一律禁止
ウ 以下表の分類5~7の新設
競争制限協定 | 旧法 | 改正法 | |
---|---|---|---|
水平的 | 垂直的 | ||
物品・サービスの価格拘束 | 市場占有率 30%以上の場合に禁止 | 一律禁止 | 市場への実質的な競争制限効果が生じ得る場合 |
物品・サービス販売市場又は原料供給分割 | |||
物品の生産量,購入量又は販売量又はサービスの供給量制限 | |||
技術開発又は投資を制限 | 市場への実質的な競争制限効果が生じ得る場合 | ||
新規の売買契約に際し条件を課す又は契約事項に直接関係しない義務を強要 | |||
競争制限的協定に参加しない事業者と取引しない旨の協定 | 規制なし | 市場への実質的な競争制限効果が生じ得る場合 | |
競争制限的協定に参加しない事業者の製品販売市場,物品また サービスの供給市場を制限 | |||
その他,競争制限を生じるおそれ |
(2) リニエンシー
改正法では,リニエンシー制度が導入された。減免を受けるのは,以下ア~エの条件を満たし,書面で申告した最初の 3 社に限られている。
申告順 | 減免の程度 |
---|---|
1社目 | 100% |
2社目 | 60% |
3社目 | 40% |
ア 競争制限的協定に関与した/している
イ 管轄当局が捜査の決定を下す前に,自主的に申告
ウ 誠実に申告し,違反行為に関する全ての情報・証拠を提供
エ 捜査において,当局に積極的に協力
(3) 適用対象の拡大 -域外適用
旧法で適用対象だった「ベトナムにおいて事業を行う外国事業者」のみならず,「国内外の関係機関,組織及び個人」も適用対象に追加された。
これにより,ベトナム競争法が域外適用されることが明確化された。
2 知的財産権
(1) 技術移転法
2018年7月に,改正技術移転法が施行され,移転技術につき当局への登録が必要となった。また,改正前に締結された技術移転契約書を改正後に延長する場合も,技術移転契約の登録が必要である。
(2) 特許出願手続
2018年,審判や用途発明などに関して,特許出願手続が広範囲にわたり改正された。
3 情報保護法
2019年1月からサイバーセキュリティ法が施行され,インターネット上でサービスを提供する国内外企業に対してベトナム国内でのデータ保存および事務所設置義務が定められた。
イギリスに関するここ数年の主要な法改正
【コラム】
1 会社法など
2019年3月に予定されていた英国のEU離脱(ブレグジット)は,2020年1月末に延期された。
(1) ブレグジットの影響
ブレグジットにより,EU条約やEU運営条約のみならず,ECA1972で認められていたEUの法律が英国では適用されなくなる。
(2) 移行措置
ブレグジットによる混乱を最小限に留めるために,ブレグジットのタイミングで,英国で有効な全ての EU の規則,指令,判例などを英国内法としてそのまま適用する2018 年 EU 離脱法がある。
とりわけ,英国とEUとの協議が整わないままブレグジットが行われる「ノー・ディール」の場合,英国内外で事業を行う会社が許認可を得ているときは,EU 離脱後に許認可が無効となる可能性がある。
2 労働法
施行日 | 改正内容 |
---|---|
2018年4月1日 | 法定傷病手当が週92.05ポンドに増額 共有育児手当・法定養子手当は週145.18ポンドに増額 |
2018年4月1日 | 3万ポンドの免責額を超える雇用終了手当は雇用主の国民保険料負担分の対象に |
2018年4月4日 | 民間部門の雇用主は男女賃金格差の最初の報告を公表する義務 |
2018年5月23日 | 2018年データ保護法 |
2018年5月25日 | GDPR(EU一般データ保護規則) |
2018年6月9日 | EU企業秘密指令 |
ブレグジットに伴い発生し得る労務上の問題点として,以下が挙げられる。
(1) 個人データの移転
EU企業が個人データを英国に移転する際に,十分な安全対策の実施がされていることを確認する必要があるか。
(2) 英国への入国
ブレグジット後にEUから英国に入国するEU市民には,ビザなしで3か月の短期滞在が許され,就業も許されることが予定されている。
(3) 英国での滞在
すでに英国に 5 年以上居住している英国以外の EU 加盟国の国民は,そのまま英国に居住し続けることができる。
3 知的財産法
ブレグジットによって取るべきアクションとしては,特許,商標,著作権法に関しては特になく,非登録の意匠権については登録の必要性を検討することが求められる。