国際訴訟の競合(国際二重起訴) -民訴法3条の9「特別の事情」について
【コラム】
国際二重起訴(国際訴訟の競合)についてよく相談を受けることがあります。外国で訴訟をしている(していた)場合に、さらに日本でも提訴できるか、という問題です。あまり文献等に載っていないため、簡単にご紹介します。
1 原則と例外 -日本の民事訴訟法の定め
国際裁判管轄については、日本の民事訴訟法第3条の2~12が定めています。これらは判例法理を基に平成23(2011)年改正で新設されました。
(1) 原則
3条の2~8で日本の裁判管轄がある場合が定められています。日本の会社に関する訴えの場合や不法行為の地が日本国内の場合などです。
(2) 例外
この(1)の定めに基づき日本の裁判管轄がありそうでも、例外的に、日本に管轄がなくなる場合があります(民訴3条の9)。要するに、国際二重起訴(国際訴訟の競合)の場合です。具体的には:
- ①事案の性質
- ②応訴による被告の負担の程度
- ③証拠の所在地
- ④その他の事情
の4つを考慮し、日本で裁判をすることが当事者間の公平を害したり、適正・迅速な審理を妨げたりする「特別の事情」があるときは、日本で裁判はできません。
2 リーディングケース
この新しい民訴3条の9に基づく代表的な判例が最高裁判所平成28年3月10日判決です。
(1) 事案
- アA社(アメリカ法人)が、B(日本の個人)らを被告とする損害賠償請求訴訟をアメリカ(ネバダ州)で提起
- イBが、アメリカの同裁判所に反訴提起
- ウBは、A社に対する名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起。具体的には、このアメリカ訴訟につきA社がウェブサイトで掲載した記事が、日本でBの名誉を毀損するという理由
(2) 結論と理由
この事案は、最高裁判所まで争われ、結論として「日本の裁判所が審理・裁判をすることが当事者間の衡平を害し、または適正・迅速な審理の実現を妨げる特別の事情(民訴法3条の9)がある」とされ、訴えは却下されました。
判決理由では:
- ①日本の訴訟はアメリカ訴訟に係る紛争から派生した紛争
- ②日米の両訴訟は事実関係等が共通・関連する
- ③想定される主な争点につき証拠がアメリカにある
- ④A社の株主間契約ではネバダ州裁判所が専属管轄であり、A社に関する紛争はアメリカで解決すると両当事者が想定していた
- ⑤実際にアメリカで提訴・反訴がされている
- ⑥日本の裁判所で取り調べることはA社に過大な負担
などが判断事情として挙げられました。
この判例は、民訴3条の9の解釈につき最高裁が判断を下した初めてのケースです。国際的な二重起訴(訴訟の競合)についてご検討する際の参考となさってください。
「聴ける化」が社会を明るくする
【コラム】
同調圧力の強い日本社会で、どうやったら忖度せずに意見が言えるようになるか。意見を言う側ではなく、意見を聴く側に着目し、目上の人が「聴ける化」を実践することを提案したい。
「遠慮なく意見を言ってもいい」と言われても、目下の人は意見が言えないことが多い。それは以下の4つが障害になっているからだ。
- ①まず、「言う機会」がない。目下の人が、自分から申し出て意見を言うことは難しい。目上の人の時間を奪うことを躊躇するからだ。
- ②次に、「言える雰囲気」がない。上司が忙しかったり不機嫌だったりすると、部下は話しかけづらい。
- ③さらに、「言っても否定される」。何か意見を言っても、「でもそれは…」と何度も否定されると、「この上司には何を言っても通用しない」という諦めモードになってしまう。
- ④最後に、「言ったら報復される」。上司に意見を言ったがために有形無形の仕返しがされると、部下は報復を恐れて口をつぐんでしまう。
この4つの障害を取り除くことを「聴ける化」という。
- ①まず、上司が部下に「言う機会」を与えよう。毎日話す、毎週の指定時間に面談する、などだ。
- ②次に、上司が「言える雰囲気」を作ろう。目上の人は、普通の顔をしていても、部下からは不機嫌に見える。努めて笑顔を作ろう。ウェブ会議でも、目尻をあと2ミリ下げ、口角をあと2ミリ上げ、声量と声のオクターブを1つ上げよう。
- ③さらに、「言われたらまず肯定」する。対話は組織の財産だ。意見を言われたら「貴重な意見をありがとう。」と返答し、まずは対話の機会ができたことに感謝しよう。
- ④最後に、「言われても報復しない」。多様な意見を吸収することが上に立つ人間の器量だ。「組織はトップの器量以上には大きくならない」と言われるのも、トップが報復をしないからだ。
この4つの「聴ける化」を上司は意識してもらいたい。人の話は、「聞」くのではなく「聴」くべきと言われる
「聴」の漢字は、「耳」「目」「心」「十」で成り立っている。人の話を、目と、耳と、心で、十分に「聴」く。
上司が部下の話を「聴」く体制を整える「聴ける化」が広まれば、若手が積極的に意見を言えるようになり、日本の組織はもっと明るくなる。
レジリエンス・エンジニアリング(弾力性組織工学)
【コラム】
「レジリエンス・エンジニアリング」という考え方があります。航空や医療などの安全管理分野から発達した、安全工学や失敗学の概念です。いい和訳がないので、私は「弾力性組織工学」という訳をあてています。
20年くらい前に欧州で生まれ、日本でもこの10年くらい、じわりじわりと浸透しています。ミスが命取りになる航空・運輸・医療等の分野で特に用いられつつあります。このレジリエンス・エンジニアリングでは、人間がミスをするのは当然なので「ヒューマンエラーは罰しない」と考えます。
この「エラーは罰しない」という考えは、ミスを隠す/ごまかす文化を失くすために役立つので、もっと一般的に、コンプライアンス管理にも応用されるべきと考えています。
このレジリエンス・エンジニアリング(弾力性組織工学)を簡単に説明することは難しいのですが、ポイントは、ミス(失敗)を責めるのではなく、ミスから学ぶ、という概念です。会社組織において他責的になるのではなく、失敗やヒヤリハットを前向きに「財産」と考えます。
レジリエンス・エンジニアリングでは、「安全」を従来型のSafety I(セーフティ・ワン)と新しいSafety II(セーフティ・ツー)に2分類します。それぞれ以下のように定義できます。
Safety I:定められたことを定められたとおりに行うことで確保される安全
Safety II:変化する現場の状況に合わせて対応することで達成される安全
コンプライアンスを「決まりを守る」ものとして受け身的に捉えるのではなく、その場その場で自分で自律的に考える「インテグリティ」の概念を私は重要だと思っています。この受動的なコンプライアンスと能動的なインテグリティの違いが、レジリエンス・エンジニアリング(弾力性組織工学)におけるSafety I とSafety IIの違いにそっくりなのです。
そのため、レジリエンス・エンジニアリング(弾力性組織工学)の理解が、多くの企業が抱える「コンプライアンス疲れ」「コンプライアンスの病理」の解決にも役立つと思っています。
レジリエンス・エンジニアリングにさらに興味がある方は、芳賀繁『失敗ゼロからの脱却 レジリエンスエンジニアリングのすすめ』がお勧めです。
外国法事務弁護士加入のご案内
【コラム】
当事務所は、新たにMichael Tateo Kawachi弁護士を迎え入れました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
2021年の腐敗防止認識指数
【コラム】
トランスペアレンシー・インターナショナルによる腐敗認識指数(CPI)の2021年版が,2022年1月25日に発表されました。
アジア主要国の近年の順位を表した折れ線グラフをご紹介します。中国とベトナムがやや順位を上げ,タイとフィリピンが相変わらず下降傾向にあります。これまでどおり,アジアの汚職状況は,「シンガポールが最もクリーンで,マレーシアがそれに次ぐ」状況にありますが,来年あたりに中国がマレーシアを抜くかは興味深いところです。